Love song of last winter
朝起きると窓の外には一面の白銀の景色。
僕は人生でこの季節に巡り合うのは何回目だろう?
雪が降り続くしばらくの間は気持ちのいい蒼天の空ともお別れで、ただどんよりとした雪雲が空を占めている。
学校に続くいつもの坂道も今日は雪に埋もれていていつもと見れる風景が異なっている。
昼になってもその分厚い雪雲は途切れることなく空に広がりこの世の終焉が来たと思わせるほど暗いままだ。
夕方、海岸沿いの帰りの道でいつもなら感じる夕凪が今日は無く雪が混じった風が僕に向かって打ちつける。
目の前の虚空に手を伸ばすと得られるのは幾つかの粉雪。
だがそれは暖かすぎる僕の体温でつかんだ刹那に消えてしまう。
冬――ほとんどの人が寒いとか何とかで嫌いかも知れないが、僕はなんだかんだで好きなんだと思う、この季節が。
何より僕は君と出会えたこの季節は嫌いになることはないだろう。
僕は、この人生であと何回この季節に出会えるのだろう・・・。
三年前の冬、君は一人公園のベンチに座り空を見上げていた。その日も今日みたいに雪がとどまることなく降り続けていたのに傘も差すこと無く一人で…。
「何してるの?」
いつもならどんな人が居ようとただ横を通り過ぎるだけのただの公園。
でもその日に限って公園に入りあまつさえその子に話しかけていた。
「うちのことか?」
「そうだよ、こんな所にいたら風邪ひくよ」
「お人よしやねんな、うちなんかにわざわざ声かけるなんて」
「そうだね僕もわからないよ、気づいたら君に声をかけていたんだ」
そう、その通り。僕にも分からない、気づいたら声をかけていた。
「ふ〜ん、へんなひとやなー」
「こんなとこで座り続けてる君には言われたくないな」
「うちな、雪見るの好きやねん、それにここお気に入りの場所なんだから"こんなとこ"なんて言わんといてくれへん?」
うぅ。ますます変人だ、何で声をかけちゃったんだろう。
「ごめん、でも風邪ひいちゃうから、はい傘。貸して上げるよ」
「えっ、いいの?雪あんた雪かかっちゃうよ?」
「僕の家あれだから、公園の入り口の斜め向かい、見えてる?」
そう言って僕は自分の家を指さす。
「ほぇ〜、あれ?でかいねんなー。アンタ金持ち?」
「いや、普通だよ。傘はいつでも玄関に投げといてくれればいいよ」
「ありがと、さっきのはやっぱ無しやわ」
「さっきのって?」
「へんなひとっての。いいひとやね、本当は」
その時に見せてくれた君の笑顔を見ていると、急に恥ずかしくなってもう何も言わずに家に走って行った記憶がある。
次の日の朝傘は玄関に奇麗にたたんで置いてあった。
「ありがとう。」そう一言のメモを添えて。
これが君との最初の出会い。
この時はまさか君とまた出会うなんて思ってもいなかった。
だって普通はもう合わないと思うでしょ?
それから雪が降ることも無く地面に溜まった雪が雪解け水として流れ出すころ、君は再び僕の前に現れた。
久しぶりに学校の図書室へ行った時だった。
何か本を注文していたらしいが何せもう一年は行っていない。
とにかく僕が注文した本が届いたのだという、何を注文したかは覚えてないけど一応自分で頼んだのだからその始末はしにいかないと。
図書室のドアをくぐる、久しぶりに来ても蔵書や本の位置は全く変わっていない。
カウンターに行き本を読んでる図書委員の子に声をかけた。
「すみません、2年5組の片瀬れ――」
僕はその時声を声を失うということを本当に体験したかもしれない。
「片瀬連君やねー、久しぶりやなーうちのこと覚えとる?」
カウンターに居たのはまさしくあの雪の日に出会った少女だった。
「君っ―同じ学校だったの?」
「うん、うちも驚いたおとつい位に廊下ですれ違ったやろ?それで気づいたんや」
「そうだったんだ。僕、全然気づかなかった」
「まぁ立ち話は何やからそこでも座ろかー」
そう言うと彼女はカウンターから立ち上がり普通の読書スペースに置いてある椅子を差して歩き出した。
「なにボサーっとしてんの?うち立ちっぱなしは苦手なんや、はよ座ろ」
唖然として固まっていた僕の手を引きながら彼女は椅子のほうへ進んでいく。
「ちょ、ちょっと君、カウンターいいの?」
「あぁ、うちほんまの図書委員ちゃうからええんよ、友達に変わってもらったんや」
「へ?何で?」
「なんでって連にもう一回会いたかったからに決まってるやんかー。はぃ座って、座って」
そう言って彼女は僕を半ば強制に席に着かせ、自分も反対側に座りこんだ。
「うちの紹介がまだやったな、うちは2年9組の七瀬彩華や、よろしくな」
9組か、どうりで会わないわけだ、9組は特別進学クラスなので僕の普通のクラスとかとは違う校舎に教室がある。
「それで七瀬さんでしたっけ?僕に何か用?」
「そんな七瀬なんて堅苦しいなぁ、彩華でええよ、彩華で」
「じゃあ…あ、あ彩華は何か僕に用?」
「緊張しすぎやてー、かわえぇなー。別に用って事のほどはないんやけど、ただ…また会いとーなったんや、連に」
その時の君の笑顔は初めて見た時とやはり同じで、やはり直視はできずにすぐ目線を逸らしてしまった。
そしてこれが忘れもしない君との二回目の出会い。
それから自然と一緒に居ることが多くなり、何時からかは一緒に帰る様になっていた。
そしてそれが普通となりつつあったある日のことだった…。
「なぁ、連?お前最近9組の七瀬とよく一緒にいるよな」
「うん〜、まぁそうだね」
「お前、狙っているのか?」
「うん〜、どうだろう?」
僕はその時その質問に対する答えを持ち合わせてはいなかった。
一緒に居る時間も多く、一緒に帰ったりはしている。
確かに僕は彩華に好意と言うものがあるがそれが僕にはまだどういう物なのか適切な回答を持ち合わせてはいなかった。
それに第一彩華は僕の事をどう思ってるんだろう?
「とにかくどうやったんだ?あいつ誰とも喋ろうとしなくてクラスでもほとんど友達いないらしいぜ」
「へぇ〜、そんなに有名なんだ」
「おぉ、そりゃーな、男子とは絶対喋らないらしいぞ。でも性格はともかく外見は結構…、いや、カナリかわいいしお近づきになりたいよなぁ、てかもしかしてお前等付き合ってんの?!」
彩華と一緒に居るうちにこう言う事をよく聞かれるようになった。
そしてそれがいつの間にか普通になりそんな日常がもう一年近くになろうとしていたある日のことだった。
いつもと同じ海岸沿いの道のを夕凪を感じながら二人で歩いている。
「れんー、風が冷たくなってきたなー」
「そだね」
「もうすぐ雪がふるかもやねー」
「そだね」
いつもなら普通に会話が弾むのだが今日に限っては弾まない。
今日は僕の頭にいつの日かの疑問が頭が離れずグルグルと反芻していた
"僕は彩華のことをどう思っているのだろう?"
その前に
"彩華は僕の事をどう思ってるんだろう?"
そう考えてるうちにいつの間にか頭の中から考えが口に出てしまった。
「ねぇ?彩華は僕の事をどう思ってる?」
「えっ…」
一瞬、沈黙というものがその場の空気を支配する。
「ごっ、御免、今のは聞かなかった事にしてっっっ!!」
「たぶんもうでけへんなぁー、そんいにはっきり言われたら」
「ごっ、御免。なんて言うか、その、今ふっと頭の中をよぎった言葉が出たって言うか、その」
「別に謝ることやないやないの、、うちは好きやで連のこと」
「えっ…、それって」
「友達としてとかそんなんちゃうで、うちは連のこと恋人として好きなんや」
「あ、うん」
思考が止まった、それと同時に口からも言葉が止まった。
もうこの時自分がどんな言葉を口に出していたかなんてもう思い出せない。
あの時はとにかく頭がこんらんしてたもんね。
「でも別に返事がほしいって訳ちゃうんよ、ただ今まで通りこうやってうちと話してくれるだけでうちは十分やし」
「あ、うん」
「じゃあうちは此処で、連も気ぃつけて帰りやー」
「あ、うん」
いつの間にかいつもの別れる交差点まで来ていたらしい。
頭がいっぱいいっぱいでそんなこと気づいてもいなかった。
「そんなに考え込まんでえぇよー、ボーっとしてたら事故にあうで」
「あ、うん」
「ほんまに大丈夫?じゃあ、うちはこっちやから、また明日なー」
「あ、うん。バイバイ」
それからどうやって帰ったかなんて覚えてない。
いつの間にか家について、ご飯を食べて、宿題をして、お風呂に入って、布団に入って。
どれをしている時も集中できず常に彩華の言葉が頭の中を駆け巡っていた。
"うちは連のこと恋人として見て好きなんや"
彩華が僕のことを好き?恋人として?
良かった、嫌われてはいないんだな。
良かった?どうしてよかった?何が良かったんだ?
人に嫌われるのはあまり良いことじゃ無いけど別に嫌われてるからどうとか、好かれてるから良かったなんて感じやしない。
じゃあなんで僕は良かったと感じたんだ?
僕は彩華に嫌われたくなかったから?
彩華は僕を恋人として好きだと言ってくれた。
でも僕にとってはどうなんだろう?
僕は彩華のことをどう思っているのか…
彩華と知り合ってもうすぐ一年、その間に色々あった。
雪の日に偶然出会った女の子。
その子と偶然学校が同じだったというだけで最初は色々喋るだけだった。
でも今では一緒に登下校したり出かけたり、一緒に居ることが多く当たり前となってる。
僕はなんでこんなに彩華といるんだろう?
彩華が誘ってくるから?
いや、違う。
僕も彩華と一緒に居たいと思ってるんだ。
……………………………あぁ、なんだ。簡単じゃないか。
何でこんなことに気がつかなかったんだろう。
――――僕は彩華の事が好きだったんだ。
出会ったあの雪の日から僕は彩華のことが好きだったんだ――。
僕はその結論をもう一度確認し変わらぬ事を安心して深い眠りに落ちて行った。
朝、目覚ましの音で目を覚ました僕はいつも通りに学校に行く用意をし、着替え、朝食を取り彩華とのいつもの待ち合わせ場所に向かって歩いていた。
交差点が見えてくると同時に彩華も見えていた。
彩華はいつも先に待っている。
いつも待たせて悪いと思ってるんだけど、朝が弱い僕にはなすすべもない。
「おはよー、蓮」
彩華が僕を見つけて声をかけてくる。
「おはよ、彩華」
これがいつもの会話、もう日常になってしまっている、見なれた光景。
彩華と歩く学校へ続くいつもの坂道。
昨日までは彩華のことを好きと意識していなかったから、二人きりでも何とも思わなかったけど、昨日の夜からドキドキする。
今朝からだって彩華の顔すらまともに見れていない。
「どうかしたんか?れんー」
そんないつもと違う僕の様子に彩華も気づいたようだった。
「いや、何でもないよ。ふつーだよ」
がんばっていつもと同じ声を装ってみたが変になったのは言うまでもない。
「あっ、もしかしてまだ昨日の考えこんどるん?」
「いぁあ、違う、うん違うよ」
「嘘やー、ちゃんと顔に書いてあるで」
どうやら僕は嘘を付けないタイプらしかった。
「いや、最近授業に着いて行けないなー、って悩んでたんだよ」
「そうなん?まぁ、そういう事にしといてあげよ」
彩華は僕の苦しい言い訳にのってくれたようで助かった。
でも成績がヤバイのは本当なんだけどね。
昼休み、いつも彩華と待ち合わせしている屋上に行くと今日はまだ彩華の姿が無かった。
いつもなら先に来て僕を待って居てくれる。
「あれ?珍しいなぁ、少し待ってみるかぁ」
そう思って空を眺めて暫くすると彩華が息を切らして走ってきた。
「はぁ、はぁ、ごめん、連、まった?」
「いいや、今来たとこだよ」
「そうなん?よかったぁ、四時間目に寝てしもて授業終わっても寝続けてたからあせってなー」
「めずらしいね、彩華が授業で寝るなんて」
「うちも寝るんよ、寝むたい時はぁー」
そう言った彩華の眼には少し隅が出来ていた。
何でも最近少し夜遅くまで起きて色々してるのだとか…。
何かとは教えてくれなかったけど結構いろいろ大変みたいだ。
こんな他愛のない話をしていつもより少し短い昼休みを過ごしていった。
「じゃ、午後も頑張りやー」
「うん。ありがと、彩華も寝ちゃだめだよ」
「わかってるって。じゃ、放課後に」
「そだね、放課後に」
そして僕たちは自分の教室へと戻って行った。
放課後少し掃除が長引いたので急いで待ち合わせ場所に向かうと彩華は椅子に座ってもう待ってくれていた。
急いで駆け寄り声を掛ける。
「ごめん、彩華。掃除が手間取っちゃって…」
そう話しかける声に彩華は反応を示さない。
「彩華?どうしたの?」
それにも反応が無い。
少し訳が分からず思考が停止状態だった時、不意に彩華の体がガクンとバランスを崩し椅子から倒れそうになる。
「彩華!?」
それを何とかギリギリの所で受け止めると必死に呼びかける。
「彩華!?大丈夫!?彩華!?」
「……………zzz」
「へっ?」
どうやら寝てただけのようだった。
ホント、一時はどうなるかとヒヤヒヤしたよ。
でも何でもなくてよかった。………ホント、良かった。
「よかったぁぁぁ」
そう言った後少し間を置いて瞼が少しづつ開いて…。
「おはふぉ?あふぇ?ねんやんー」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫??うちれんまっててー、あっ!ごめん!寝てしもたんや!」
そう言うと彩華は僕の腕の中から急いで立ち上がり色々寝ぼけて意味不明なことを喋っていた。
しばらく落ち着かせてから、まだ少し寝ぼけている彩華と一緒に帰り道を歩きだす。
最初の方は何か危なっかしかったがもう今は完全に起きていつもの調子で喋っている。
そしてその帰り道も彩華と喋りながらだとすぐに終わってしまう。
「じゃあうちは此処で、さっきはありがとーなー」
「あぁ、さっきのは危なかったね」
「あのままやと地面に頭ぶつけてしもてっっととと」
また彩華が少し倒れそうになるのを支えてやる。
「ホントに大丈夫?」
「大丈夫やて、心配せんといて、少しクラッと来ただけやから」
「それが心配なんだよ、送って行こうか?」
「ええんよ、そんなん本当にだいじょうぶやから」
「そう?本当に大丈夫?」
「大丈夫やてー、心配症やなぁぁ」
「ん〜、ちょっと少し待ってて」
そう言うと僕は走って近くの自動販売機までいくと冷えたジュースを買って彩華の所に戻った。
「ちょと連?どこいってたん?」
「はい、これ。」
そう言って彩華に缶を渡す。
彩華の好きなみかんジュースだ。
「ひゃっ!冷たっ」
「彩華の好きなみかんジュース、冷えてるからそれ飲んでシャキッとしてよ」
「あっ、ありがと。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
そう言うと彩華は横断歩道を渡って走って行った。
翌日、彩華が朝の待ち合わせ場所には来なかった。
「めずらしい、彩華が遅れるなんて…」
もしかして日直で先に行ったのかな?
でも、彩華日直の日でもいつも待っててくれるんだけど。
……送れるなんてなかったのにな、少し待ってみよ。
「うぅ〜遅い!」
今は、8時15分過ぎか……
彩華の家まで行けるかな?
……微妙だね。ギリギリか、昨日の事もあるし心配だからな。
まぁ、走ればなんとかなるだろう。
僕はそう決めると彩華の家の方へ歩き出そうとした時…。
「お〜〜ぃ、れん〜〜〜、ご〜〜め〜〜ん〜〜」
そう叫びながら走ってくる彩華が交差点に見えた。
「彩華、おそかっ、あぶな……」
俺の言葉は不意にそこで途切れた。
いや、声が出なかった。目の前で繰り広げられた現実を見て、声を出すことができなかった。
彩華が……………。
彩華が……………。
彩華が……………倒れている。
血を流して、倒れている。
この時やっと僕の思考回路はやっと止まってた頭を働きだした。
彩華が車に轢かれたのだ……。
「彩華!!大丈夫か!!彩華!!」
僕はすぐに彩華に駆け寄り呼びかける。
「彩華!!彩華!!誰か救急車を!!」
僕の声を聞いて通りに居たサラリーマンみたいな男の人が携帯で救急車を呼んでくれる。
「れ…ん…?」
「そうだっっ!!わかるか?」
「ご…めん…な?まっ…た……」
「そんなことどうでも良いっっ!!大丈夫かっっ」
「バカ…、だい…じょうぶ…なわ…けない…やん?」
そう言う彩華は今にも息絶えそうな位に弱々しい声で僕に喋りかけてくる。
「ごめん、大丈夫じゃないよね、すぐ救急車がくるから」
「れん…うち…しん…で…しま…うん…か…なぁ?」
「馬鹿な事いうなよ!!お前は死なない!!」
「あはっ…たの…も…しいなぁ…れん…は…」
「もう喋っちゃ、駄目だ。安静にしないと」
「でも…もう…う…ち…だめやと…おもうわ…だ…て…ほら?…血…いっぱ…いで…てる……やん?」
彩華の言う通りだった…。
彩華を抱きかかえている僕の手には抑えても溢れてくる血が手にべっとりついている。
そして手だけでなく僕の服や地面にも血が染みて広がっていく。
「そんなことないさ!すぐに救急車が来て助かるから頑張って!」
「れ…ん?…たま…に…は…現実…ちゃんと…みぃや?」
「何言ってるんだよ、こんなときに!」
「れん?…うちの…こと…ぜった…いに…忘れ…ん…といて…くれへん?」
「何言ってんだよ!忘れるわけない!!忘れないから、そんな事言うなよ!」
「れん…最…後くらい…わらってよ、…えがお…で…おわ…か…れ…しよ?」
その時彩華に言われて初めて気づいた。
僕の目からは涙が零れ落ちていた。
こちらも止まることなく、延々と。
溢れてくる涙は拭っても拭っても途切れることなく僕の目から流れて行く。
「泣いてないよ、何言ってるんだよ…」
強がりだった。
彩華はたぶん助からない。
頭では分かっている。
でもその現実を受け入れることなんてできない!!
彩華が居なくなると思うとこの涙は止めることができなかった。
「うそ…つ…き。うち…れんに…あえ…て、しあわせや…たわ。ほんと…うに…よかっ…たよ。うち…れ…んのこ…と…忘れない」
「僕だって忘れない!」
そう言って僕は無理やりに笑顔を作る。
でもそれは泣きながらの笑顔。
「れん…へんな…かお」
そう言う彩華の顔は笑っていた。
それは僕が初めて彩華に会った時の笑顔とよく似ていた。
「ありが…とう。……れ…ん」
そう言うと彩華は安心したように眼を閉じた。
その顔はとても奇麗で穏やかでまるで眠っているだけのような感じだった。
少しの間僕はその顔に見とれてしまっていたがすぐに我に返った。
「彩華!!彩華!!彩華!!」
僕は叫んだ。
だけど彩華はもう何も喋らない。
体をゆすり動かしてみても何も反応はない。
もう彩華は笑う顔も泣く顔も怒る顔さえも僕には向けてくれない。
ただ彩華は僕の腕の中で静かに眠り続けていた……。
これが君と僕の紡いできたわずかな時間。
たった一年の間だったけど僕は君からいろいろなものをもらった。
海からの風が雪とともに僕に吹き付ける。
今はこの海沿いの道を一人で歩くことにもなれた。
いや、戻ったのだ。君と出会う前の日々に…。
雪の日は色々なことを思い出してしまう。
君のこともその一つだ。
そうこうしているうちに君と待ち合わせ場所だった交差点に突き当たる。
いつもここでお別れをしていた人はもう此処にはいない。
今日は君が居なくなってちょうど一年。
この日に雪が降ったのは奇跡か何かの一種なんだろうか?
僕はガードレールのそばに持ってきていた花を添える……。
「なんで死んじゃうんだよ……」
あの日彩華は寝坊をして遅れてはいけないと思い朝ごはんも食べずに走ってきていたらしい。
その前日などの寝不足は彩華が僕のために出会って一周年記念プレゼントを夜中にコツコツ作り上げていたらしかった。
それにあの日はいつもの朝の通勤時以上に車が混んでいて救急車の到着が大幅に遅れてしまった。
それでも救急車が到着した後、彩華は救急車で病院に運ばれたが手遅れだった……。
「死んじゃったらもう伝えられないじゃないか……」
そう、僕は彩華にまだ自分の気持ちを伝えてはいなかった。
また、眼から涙が流れ出す。
あの時も僕は最後まで涙を流していた。
彩華が笑って別れようと言ってくれたのに、僕は涙を止めることができなかった。
それに僕はこれから生きていく中で君の声も姿も忘れていくかもしれない。
忘れないと約束したくせに君のことを忘れてしまうかもしれない。
でも僕は君の声、姿がたとえ思い出せなくなったとしても…。
彩華…君を愛したという事だけは絶対に忘れたりなんかはしない。
雪が降り積もるこの冬という季節とともに君の存在を永遠忘れることはない。
僕は、この人生であと何回この季節に出会えるのだろう・・・君と出会えたこの季節に……。
〜fin〜
番外短編
Love song of last winter 〜ひと夏の思い出〜 前篇
Love song of last winter 〜ひと夏の思い出〜 後篇