それを聞いて振り返るとロイトスは私がネレウスさんと喋ってる間も歩き続けていた。

ロイトスについて行って5分もしないうちに、森を抜けた。
しかも、アリスさんの家も普通に見えている。
危険な場所から逃げ切れた、という安堵に、思わず私はアリスさんの家へ向かって走っていた。

「晴菜、どこに行ってたの?心配したのよ」
家に入るや否や、アリスさんはそう言った。
どうやらずっと待っていて、そろそろ探しに行こうか悩んでいたらしい。
私は、アリスさんに森の中に行っていたことを伝えた。
「また森に行ってたって……よく帰って来れたわね」
「えぇ。あ……アリスさん、ネレウスさんって知ってますか?」
ネレウス、という言葉を聞いた途端、アリスさんの顔が困ったような顔になった。
「知ってるわ。よーくね。きっと森の中で会ったんでしょうけど……あれ、一応私の旦那なのよ」
……へ?
旦那……聞き間違いではない。アリスさんは確かにそう言った。
まさか、そういう関係だったなんて……。
「可愛いところとかあるんだけどね。放浪癖があって、家に帰ってくる事なんて滅多にないのよ。
全く、近くに来てるなら、少しくらい顔を見せればいいのに……」
いろいろと複雑そうな関係である。
仲が悪いわけでもなさそうだが……まぁあまり深く詮索しないでおこう。
人には知られたくないことだってあるのだから。
「ま、いいわ。さ、晴菜、部屋で待ってて?ちゃっちゃと料理を作っちゃうからさ。
今回は焦がさないから安心してね」
ぅ……。
この前思わずこぼした一言を、気にしていたらしい。
ちょっとした罪悪感が、胸の中を満たした。

森の中を歩き回ったせいもあるだろう。
料理はどれもおいしく食べれた。
そういえば森に行って帰ってきただけなのに、もう辺りは暗くなっている。
もしかしたら、1日が24時間じゃないのかもしれない。
そう、ここは異世界。
ベッドの上で窓の外に浮かぶ2つの月を見ていると、改めてそれを強く実感する。
アリスさんが言っていた通り空気が綺麗なようで、空に浮かぶ星も鮮やかに見えた。
自分の元いた世界では、車の排気ガスや工場から出される汚染物質によって、町中では星を見ることすらも難しいのに。
(家に帰りたいな……)
彼氏にふられて、自暴自棄になって来たこの世界。
でも、今はもう帰りたい。
アリスさんは優しいし、良い人だけど──。
(──みんなに会いたいな)
家族や友達に会いたい。
元いた世界に帰れたら……まずはまた彼氏を作ろう。
裏切らないような人を慎重に選んで……。
重くなった目蓋が、ゆっくりと落ちていった。