アルさんに続いて店の中に入ると、まず最初に酒の強烈な臭いが鼻を襲った。
これは臭い……このお店は居酒屋か何かみたいだけど、それにしたって凄い臭い。
その理由は、店の中を軽く見回しただけですぐに判った。
どのテーブルでも、男女関係なく酒をあおっているのだ。
臭くないはずがない。
ちなみに、私と似た表情をしているのはアリスさんだけ。
アルさんとネレウスはこれが当然、といった感じ。
まともな嗅覚してる人なら、こんな場所に入ろうなんて思わないんだろうなぁ。
まぁ現に今この店にいるのは、私たちを除けば柄の悪そうな人たちばかり。
さっきみたいな騒動も日常茶飯事なのかも……。
「オヤジさん、バンク酒二つ頼むよ。……それで、どうして先輩がこんなところに?」
聞いたこともない酒を注文すると、アルさんはそう切り出してきた。
そしてネレウスも、聞かれることを前もって知っていたかのように答える。
「だからさっき言っただろ、この子をリートスまで連れて行かなきゃならないって」
「えぇ、それは判っています。ですが、わざわざガーヒンバンクに来なくても、魔でちゃっちゃと行った方が早いでしょう?」
いきなり核心をついてくるアルさんに、ネレウスは私の方をビシッと指さして
「こいつが魔を使えないから、わざわざ徒歩で移動してるんだ。
アリスと二人だったら、もう今頃はリートスについてるよ」
と言った。
そこまで言うって酷いなぁ。
……ホントのことだから、反論出来ないんだけどね。
「理由はそんなところだ。ところでアル、今夜の宿を探してるんだが、良い所を知らないか?
飯はめんどくさいからここで食べるし」
「先輩好みの宿っていうと……覗ける風呂が──ごぶへっ!」
ネレウスが顔を真っ赤にしてアルさんを殴った。
……怪しい。
「俺がそんなの好むか!……おい。アリス、晴菜……そんな目で俺を見るな。こいつの嘘だと気付け」
「覗くくらいじゃ物足りないんですか?それじゃあラブホ──ごぶへっ!」
うわぁ……今回はさっきと比べていい音がしたなぁ……。
ていうか、この世界にもラブホテルってあるんだね。
ちょっとビックリ。
「いい加減死ぬか?馬鹿なこと言ってないで、さっさと宿教えろ」
んー……なんだかすっごいアルさんが痛そうにしてる……。
まぁ口は災いの元……ていうか自業自得か。
ん?……今回はどっちでも同じ意味かな。
「最近忙しいから、溜まってると思って親切で言ったんですけど──ごぶへっ!」
「んな親切はいらねぇ!とりあえず宿教えろ」
「でも仕事仲間での噂だと、ネレウスさんはあぁ見えてかなりのムッツリで、
そこらにいる女を見境なしに狙ってるって──ごぶへっ!」
これで四回目かな?
人の噂に戸は立てられぬって言うけど……アルさん、もしかしてわざとじゃないよね……?
「誰だ、んな噂流したの?言え、殺してくる。てか言わないとお前を殺す」
うわ、本気で怒ってる……あれ?
よく見ると、ネレウスは尋常じゃないほどの汗を流していた。
その理由は……あぁ、なるほど。
後ろで立っているアリスさんが、いつの間にか運ばれていた酒を片手にネレウスをジッと睨んでいるからか……。
てか、怖いですよ。アリスさん。
殺気じみたものがどす黒いオーラのように身体から滲み出てますって……。
とりあえず、ネレウスはこれに焦ってるんだろうなぁ。
早いうちにこれがただの噂って証明が出来ないと、このアリスさんは何をしでかすか……。
いつもとは全く違うアリスさん。
嫉妬深い……のかなぁ?
ていうか、気がつかないままだった方がよかったかも。
私には関係ないのに私まで冷や汗かいちゃってるもん。
頑張れネレウス、負けるなネレウス、今回だけは応援しとく。
このままだと、怖くてアリスさんに話しかけられないもん。

それから十数分。ネレウスがアルさんから噂の大元を吐かせて、その大元と魔で連絡を取るまでの間。
私たちは、ひたすらアリスさんからの無言の圧力に耐え続けた。