私は家にお辞儀をし終えるとアリスさんの後について歩き出した。

それから数分も経たないうちに、私は嫌な予感に襲われた。
その理由は、辺りにまた霧が出てきたから。
「アリスさん、この霧ってもしかして……」
私の顔で何が言いたいか察しがついたのだろう。
アリスさんは「大丈夫」と言ってにっこり笑った。
「これは正真正銘、本物の霧よ。出霧樹の霧はもっと粘っこいから、慣れたら感覚で分かるわ」
「そうだったんですか……よかったぁ」
「えぇ。ただ……変なのが霧に紛れて来たみたいね。晴菜は魔のこと全く知らないわよね?
見せてあげる……隠れてないで出てきなさい」
アリスさんは最後の一言を明後日の方向を向いて言った。
誰か隠れているのかな?
正直、私には全く分からなかった。
霧はもう大分濃くて、2mくらいより先は全然見えないのだ。
数秒間、辺りは静まりかえった。
足音の一つも聞こえないが、それでもアリスさんはジッと同じ方向を見続けていた。
「出て来れないの?とんだ臆病者ね……」
「何ぃ……?俺を臆病者と言った後悔をさせてやる!」「ば、馬鹿!」
アリスさんの挑発に怒ったのか、アリスさんが見ていた方向から男が1人飛び出してきた。
更にその後を追うように、別な男が3人ほど飛び出してくる。
それぞれの手にはナイフが握られていて、友好的な印象は全くない。
素手の女2人に対して、凶器を持った男が4人。
どう考えてもこちらが不利なはずなのに、なぜかアリスさんは笑っていた。
そういえば、さっきから言ってる魔ってなんだろ……。
「晴菜、ちょっと待ってね。こんな奴らすぐに片付けちゃうから」
言い終わるか終わらないかのタイミングで、最初に出てきた1人がアリスさんにナイフで斬りかかった。
決して遅いわけではないその斬撃を、アリスさんはバックステップ1回で軽々と避ける。
「猛る魂休ませよ 怒るる魂休ませよ……」
今度は、相手は3人がかりで連続で斬りかかってくるが、それすらも舞うように次々と避けて、アリスさんは唄うように言った。
「四肢を投げ捨て 疲れを癒せ……」
優しい声。
「夢の中では争いを止め 陰る魂晒したまへ」
まるで心が洗われるような感じがする。
「レムネ!」
その言葉と同時。
男のうちの1人が、突然私を後ろから押し倒した。
「ちょっ……重いって、退いてよ変態!」
「あー、ごめん晴菜。ちょっとタイミング悪かったわねぇ。そいつ、晴菜を羽交い締めにして人質にしようとしてたみたい。
あと、そいつ寝てるからどんなに叫んでも自分からは動かないわよ」
「へ?寝てるって……」
よくよく周りを見てみると、この男だけじゃなく他の男たちまでが倒れていた。
霧のせいでよく分からないけど、少なくとも私の上にいる男は完全に寝ているみたい。
気持ちよさそうに熟睡してるけど……。
「どうして?」
「これが、魔、よ。不思議な力とでも思っていたらいいかしら?」
満足気に説明をするアリスさん。
でも、今私がして欲しいのは……。
「はぁ……それはいいんですけど……とりあえず、上に乗ってる男どかしてもらえませんか?」
「あ、いっけない。ごめんねー晴菜」
苦笑いをしつつ、アリスさんは男に蹴りをかまして私の上からどけた。
男は多少痛そうだが、起きる様子はない。
これ……。
「ただ眠ってるだけじゃないんですか?」
「えぇ、相手を眠らせる魔を使ったから、ちょっとやそっとじゃ起きないわよ」
アリスさんは今度は満面の笑みで答えた。