まぁ……案ずるより産むが易しって諺もあるし、どうにかなるでしょ。うん。
無理矢理自分にそう言い聞かせて、私は家を出た。
地図を見たところ、食料を買いに行くお店は昨日見かけた町にあるらしい。
距離はそこまで遠くないし、真っ直ぐ行けば迷うこともないかな。
私は一歩目を踏み出した。

しばらく歩いていると、霧が出だした。
視界が悪いけど、幸いなことに町は微かに見えている。
(早く行こ……)
身体にまとわりつくような、気持ち悪い霧。
それを振り払うように、私の進むペースはどんどん上がっていった。
町がどんどん大きくなる。もうちょっとで霧を抜けられる。
そう思ったとき。
「きゃっ!?」
落ちた。
……落とし穴? チープな罠ね……でも、一体だれが?
落ちたのは変わった落とし穴で、何故か周りにあるのは土じゃなくて木の根。
「どうやってこんなの掘ったのよ……」
あまりにも不自然で、どうしてこんな風になっているのか気になるところだけど……。
とりあえずは、出るのが先決。
結構深いけど、木の根があるから多分出れるでしょ。
思考をまとめて、手短な根を掴んだとき。
ヌルッ。
「え?」
滑った。
見れば、根からは謎の分泌液が出ていて、それがヌルヌルと滑ってうまく掴むことが出来ないみたい。
当然、登ることなんて不可能。
「……どうしよ」

これはまずいなぁ……。ていうか、どうしていつもこんな目に遭うんだろ?
2,3回大声を出して助けを求めてみたけれど、近くに人がいる様子はないし。
「……ネレウス助けて〜! ロイトスでもいいから〜!」
思わずやけになって叫ぶ。
名前に大した意味はなくて、二度あることは三度ある、というのをちょっと期待してるだけ。
「はぁ……」
無駄と悟って私が溜息をついたとき、穴の中に何かが飛び込んできた。
それはチーターのような骨格で角が2本生えていて、体毛が長くて足が短い生物。
──ロイトスだった。
「ロイトス! 来てくれたんだ? ありがとう〜」
ロイトスは何も言わずに、こちらに背中を向けた。
どうやら、乗れ、と言いたいらしい。
私はそれに従って背中に乗った。怖いので、ついでに角も掴んでおく。
私が乗ると、ロイトスは飛び上がった。
身体は急上昇を始めて、すぐに穴から飛び出る。
だけど、上昇はまだ止まらない。
ドンドンと上がっていき霧を抜けたところで、ロイトスは宙を蹴った。
実際なら無駄な動作のはずなのだが、何故かそれで前に進んで行く。
そう、今ロイトスは空中を走っている。
さすがは異世界、何でもありね。
私が無駄な感心をした時、ロイトスは地上に降り立った。
霧の中からはもう抜け出たみたいで、私もロイトスから降りる。
目の前には、ネレウスがいた。
「やっほー、ありがと。また助けてくれたのね」
ネレウスが指示でも出したんじゃないかと予測したんだけど……違ったみたい。
変な顔してるもん。
「何のことだ?ロイトスが突然勝手に走り出したんだが……もしかしてお前、来た方角からして、霧の中に入ってたのか?」
「そうよ。変な落とし穴に落ちて、困ってたところをロイトスが助けてくれたの。頭良いのね、ロイトスって」
思ったことを言っただけなんだけど、何故かネレウスは顔をしかめた。
「ロイトスが助けた?こいつは俺の命令以外は聞かないんだが……お前、変な奴だな。
それにあの霧の中の落とし穴って……下手したら死んでたぞ?アリスは何やってるんだ……」
ネレウスは更に渋い顔をする。
笑ったりとか出来ないのかな?
「ロイトスが助けてくれたのは人徳じゃない?あの落とし穴って危ないの?
アリスさんに地図渡されて、買い物に行こうとしただけなんだけど……」
「人徳なんてどうでもいいが、その落とし穴は危ない。まずこの霧だが、『出霧樹』という木が出している霧だ。
この木は霧を作り出すと同時に、根を伸ばして落とし穴を作る。
ただの霧だと高をくくって歩き回ると、落とし穴に落ちて自力では死ぬまで出られないって寸法さ。
ちなみに、死んだ後はゆっくりと出霧樹の養分になる。……アリスに渡されたっていう地図を見せろ」
思わず悪寒が全身に走る。
そんなに危ない状況だったなんて……。
私は言われたとおりに震える手で、ネレウスに地図を渡した。
「チッ……お前な、危険だから霧が出たらすぐに引き返せって書いてあるだろうが。ほら、ここ」
言って、ネレウスは地図の一角を指さした。注意書きっぽい所だ。
なるほど……そういうことが書いてあったのね。
「でも私、字が読めないんだもん、しょうがないじゃない」